なぜ、今便秘が注目されるのか

横浜市立大学大学院医学研究科
肝胆膵消化器病学教室

中島 淳先生

ここがポイント
  • 今、便秘治療にもたらされた新たな潮流。便秘が注目される8つの理由とは
  • 今こそ、患者さんのQOLを変える便秘治療を開始する
  • 便秘治療は、クリニックから始まるー診察での掘り起しがカギ

日本ではいまだ浸透していない「慢性便秘症」という病気。その病気に今こそ注目し、「治療すべき疾患」として取り組むべき理由があります。

監修横浜市立大学大学院医学研究科・肝胆膵消化器病学教室 中島淳先生

なぜ、今便秘が注目されるのか

日本における便秘治療の新たな潮流

近年、日本では、新しい便秘治療薬が次々と登場し、便秘治療が変わってきています。2017年に国内初の「慢性便秘症診療ガイドライン」も発刊され、明確なエビデンスに基づいた診療の必要性が求められるようになったことは大きな変化の一つです。これからは、便秘はただの症状ではなく、「病気」「慢性便秘症という疾患」として捉え、対処していくことが必要です。
日本の便秘治療は、少ない治療選択肢による「出ればいい」という状態から、患者さんの満足度向上につながる「より快適な毎日を可能にする、質の高い排便」を実現する便秘治療へと、変化を求める機運が高まりつつあります。

背景にある、日本の便秘治療の「遅れ」

長い間、日本では便秘薬というと「酸化マグネシウム」が処方されてきました。酸化マグネシウムは1823年にシーボルトが日本に持ち込んだ薬の1つで、習慣性や依存性が少なく、現在でも軽症の便秘の患者さんによく処方され、国内で最も多く処方されている便秘治療薬と言っていいでしょう。酸化マグネシウムは、重篤な高マグネシウム血症の懸念もありますので、患者背景に注意が必要な薬剤でもあります。
また、便秘に悩む人の多くは医療機関に行かず、OTC医薬品を使用します。こうしたOTCの便秘薬の中にはセンナや大黄といった大腸刺激性下剤が含まれており、長期の服用により排便促進効果が減弱する耐性も問題視されています。この段階になると医療機関で治療しても改善には、長い治療期間を要するとともに、治療も非常に困難となります。「たかが便秘」と軽く考えていると、QOLだけでなく、その後の生命予後に大きな影響を及ぼすことも報告されています。

今、便秘が注目される8つの理由

今、便秘注目される
8つの理由
8 REASONS TO PAY ATTENTION TO
CHRONIC CONSTIPATION
1便秘は「国民病」

実は、国内における慢性便秘症の患者様は、症状を訴える患者さん以外にも多く、潜在患者も含めると、罹患率は、14%で約7人に1人とも言われている。また、高齢者における便秘では男女の差はなく、便秘は女性だけの疾患でなく、いまや「国民病」とも言われている。

2生命予後への影響

慢性便秘症を放置すると重大な疾患を引き起こすリスクが高まり、生命予後にも影響する可能性がある。特に狭心症や心筋梗塞などの心血管イベント、脳出血や脳梗塞の発症の原因ともなりえるという報告もある。※1 ※2

3QOLの著しい低下

慢性便秘症になると、一日中すっきりしない日々が続く。外出や旅行などが億劫になるだけでなく、仕事効率も悪くなり生産性の低下につながるなどQOLが著しく低下するという報告もある。※3

4寝たきりをまねく悪循環

高齢者の慢性便秘症は食欲低下につながり、筋肉の衰えから寝たきり状態をまねく可能性がある。

5基礎疾患としての便秘

慢性便秘症を基礎疾患とした病気が増えている。パーキンソン病やレビー小体型認知症などの初発症状は便秘であるという報告がある。※4

6薬剤性便秘の増加

オピオイド系鎮痛剤、抗精神薬などの服用による薬剤性便秘が増えている。

7遅れている治療方法

日本では現在も江戸時代にシーボルトが持ち込んだ便秘治療薬を主に使用している。便秘は医学教育や医療現場でもあまり重く扱われず、治療方法が海外に立ち遅れた状態にあると言われている。

8高齢者でさらに高まる危険性

高齢者の慢性便秘症は宿便性の腸閉塞を誘発する。また、便が金属のように固くなり大腸穿孔の危険性がある。

  • ※1欧州消化病学会公式学会誌「UEG Journal」2016年4月号p142-151
  • ※2Vlak MH, et al. Stroke. 2011; 42: 1878-82
  • ※3Sun, S.X., DiBonaventura, M., Purayidathil, F.W. et al. Dig Dis Sci (2011) 56: 2688
  • ※4Lancet 2015; 386: 896-912

新しい便秘治療薬、2017年発刊の診療ガイドラインが便秘患者さんのQOLを変える

新しい便秘治療薬が次々と日本で承認

2012年、新しい便秘治療薬・ルビプロストンが承認されました。小腸の粘膜上皮細胞に作用する上皮機能変容薬です。2017年には同じ上皮機能変容薬であるリナクロチドが承認され、2018年に慢性便秘症の効能が追加されました。さらに、オピオイド性便秘薬・ナルデメジントシルが承認され、2018年には胆汁酸トランスポーター阻害薬・エロビキシバット、浸透圧性下剤・ポリエチレングリコール、ラクツロースの慢性便秘症の効能追加と、便秘治療薬が次々と承認、発売され、変化が訪れてきています。
これらの薬剤は、日本での承認にあたり、日本人に対しての臨床試験が行われ、効果と安全性が検証されており、日本の便秘治療には幅広い選択肢が用意されてきたと言えるでしょう。

診療ガイドライン発刊の意義

2017年に慢性便秘症ガイドラインが発刊されました。便秘の定義と分類ができ、標準治療が示されましたが、診療や薬剤の処方への影響はまだ限定的な状況となっています。ガイドライン発刊後にも新しい薬剤がいくつか承認されており、今後ガイドラインを活用した質の高い治療の促進に期待が持たれています。

便秘治療は、クリニックから始まる
ー 診察での掘り起しがカギ

「出ればいい」から「満足する排便へ」

日本の便秘治療は選択肢が少なく、「毎日出る」ことを目的とした治療が続けられています。医師も患者さんも「出る/出ない」を優先し、「治療の質」を考えることはほとんどありませんでした。
質の高い便秘治療で重視されるのは、「出ること/排便回数」だけでなく、「排便の質」です。排便があっても残便感があれば患者さんは、治療に対する満足感を得ることができません。加えて、便秘に伴う腹痛、膨満感などの不快な症状を取り除くことも重要です。それらを実現するためには、新しく承認された薬剤も含めて、数多くある選択肢の中から、適した薬剤を選択し、治療をしていく必要があるでしょう。
これから求められるのは、「排便の質」、「満足度」向上を実現する「質の高い便秘治療」。その結果、患者さんの毎日が快適になってQOLが向上し、生命予後を延ばすことや医療費の節約にもつながっていくものと考えます。

クリニックは慢性便秘症患者さんの大きな受け皿

慢性便秘症の患者さんの受け皿となるのはプライマリケアを行うクリニックです。しかし、患者さんにとって便秘は言いにくい話題であり、特に男性はその傾向が強いようです。そのため、血圧や心疾患専門など循環器分野では問診票の中に便秘の項目を設けているクリニックもあります。女性同士でも相談したことはない、相談したくないという人は多いため、診察の際には「気になることはありませんか?お通じなどはいかがですか」など、排便の状態についても必ず質問し、便秘で悩んでいる多くの患者さんの掘り起こしをしていただきたいと願います。

監修

横浜市立大学大学院医学研究科・肝胆膵消化器病学教室
主任教授 診療部長

中島 淳 先生

1999年から2001年までハーバード大学客員准教授を務め、腸管免疫の研究にあたる。医療従事者向けの「慢性便秘症診療ガイドライン」作成メンバーとして尽力し、海外の便秘薬や最先端治療に精通。
※2019年3月現在の情報です。