開業医目線での診療のポイントとは

尾髙内科・胃腸クリニック
院長

尾髙 健夫先生

慢性便秘症治療のポイント
  • 便意を我慢しない、食事・睡眠といった生活習慣を整えること等、計画的な排便を意識した患者指導を行う
  • 完全自発排便(残便感がなくすっきりした排便)をプライマリエンドポイントとする
  • 排便回数や排便後のすっきり感がまだ十分ではなくても、治療前より改善していることを認識させる
  • 患者さんの多くは自分を健康ではないと感じているため、全身的なQOL評価を行い、患者さんに安心感を与えるようにする

長く消化器疾患と内視鏡検査の専門医として診療にあたり、 胃腸疾患では内視鏡による早期がんの診断と治療、ヘリコバクター・ピロリの除菌治療、胃食道逆流症、便秘・下痢症など幅広い疾患を対象に治療と研究を行う、尾高先生に便秘症診療についてお話を伺いました。

監修尾髙内科・胃腸クリニック 院長 尾髙健夫先生

1. 慢性便秘症との関わり

患者さんが多かった機能性胃腸障害

大学病院の医局時代は、消化器内科で胃腸疾患全般を診療していました。内視鏡による早期がん切除も行っていましたが、受診患者全体からみると、がんの患者さんは多くはありません。超音波検査、レントゲン、CTなどの画像診断では原因がわからない機能性胃腸障害の患者が多かったと思います。代表的な疾患として、非びらん性胃食道逆流症、機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群、慢性便秘症などが挙げられます。私はそうした機能性胃腸障害に関心をもち、患者さんの症状を改善することに力を注ぎました。

約25年前に機能性胃腸障害を自ら学ぶ

機能性胃腸障害は医療機関で診てもらっても、「重大な疾患ではない」「異常ありません」と言われるケースが多いです。しかし、過敏性腸症候群でしたら下痢や腹痛、慢性便秘症ならば排便困難や腹部膨満感など、患者さんは日常生活に支障をきたす症状に悩んでいます。約25年前はまだ機能性胃腸障害の治療が重要視されておらず、悩んでいる患者さんを救うには自ら学ぶしかありませんでした。当時、特に多くの便秘症患者がいましたので、大学病院の外来で慢性便秘症を重点的に診療・研究していました。

2. 機能性便秘に対する計画的な排便を意識した患者指導

排便を我慢しなければならないケース

営業販売業や接客業をされている方などは、便意があっても排便を我慢しなければならない場合があります。しかし、我慢を繰り返すと直腸の知覚が鈍感になり、便意を感じなくなり排便反射も起こりづらくなって便秘を発症します。さらにそれが長期に渡ると、大腸の蠕動運動が低下して腸の奥に便が貯留し、便秘が重症化していきます1)

不規則な生活スタイルを原因とするケース

通常、睡眠して身体が休んでいる時は副交感神経が優位に、起きて活動している時は交感神経が優位になっています。睡眠状態から朝起床した時に、この2つの自律神経の優位性が切り替わり、その瞬間に大蠕動という腸の大きな収縮が生まれやすくなります。この状況が起こりにくい生活スタイルを送っている人、例えば夜しっかり寝ていない人や睡眠時間が不規則な人に便秘が多く見られます2)

朝食を摂らないケース

また、朝食を摂らない方も便秘になる傾向があります。朝、胃に食物が入ると胃結腸反射が起こり、大腸が蠕動運動を始めます。したがって、朝食を摂らないと便意が起こりにくくなります。この胃から腸へのシグナルが長期に無い状態が続くと、便秘を発症するケースが多数あります3)

機能性便秘における2つの考え方

1つは便を移送する腸の蠕動運動の低下、もう1つは直腸から肛門にかけての便排出障害です1)。この2つはそれぞれ個別に発症、もしくは併症するため、病態評価や治療選択が難しく、その判断を適確に行うには経験を必要とします。

3. 機能性便秘の治療評価について

完全自発排便を目指す

残便感がなくすっきりとした十分な排便を意味する「完全自発排便」という言葉があります。現在、これが便秘治療研究のプライマリエンドポイントとなっており、それを目指すことが大切だと考えています。排便回数や便の状態を知ることも必要なのですが、気持ちの良い排便ができているか、すっきり感はあるのか、こうした点を重要視しています。
まず診察の際、治療を受けている患者さんに単刀直入に「すっきり感はありますか」と尋ねます。次に「その排便はどうであったか」「何分かかったか」「いきみは強いのか」といった質問をしていきます。感覚的なことも含み「排便の量」と「排便の質」、この2つの視点で質問することがポイントです。

QOLによる評価

もう1つの評価はQOLです。慢性便秘症の患者さんは、便が出ないことが様々な不安や不満を生じ、生活そのものに影響してQOLが低下している状態にあります。患者さんの多くは、便や腸の問題だけではなく、自分自身が健康的ではないと感じており、最終的にはその部分を解決しなければなりません。QOL問診票はJ-PAC-QOLが良いと思います。ポイントがまとまっており、学術的にも確立されています。総合評価と下位尺度評価ができ、治療効果判定にも使用することができます。

4. 治療ゴールについて

最終目標は患者さんが人生を楽しく送れること

便秘治療の最終目標は、患者さんの人生が楽しく送れるようになること、それに尽きると思います。確かにある程度の排便の改善がないと患者さんは満足を得ることができません。しかし、理想的な排便ができなくても、患者さんの悩みや苦しみを理解して、QOLの向上に努めることが大切だと考えます。
患者さんの不安の原因は、自分の便秘はどのような状態にあり、どの程度改善するのか、わからないことにあります。そうした患者さんに症状を説明し、具体的な治療の着地点を示してあげる。着地点は患者さんよって異なりますが、それが治療ゴールです。

治療を継続させるには

便秘症の患者さんは、今すぐに正常で普通の排便となることを求めています。しかし、慢性便秘症をすぐに完全に治すことは困難です。治療継続のポイントは、患者さんが排便回数や排便後のすっきり感に十分に満足していなくても、治療により以前と比較して改善していると認識してもらうことです。徐々にでも改善していることを認識してもらうことで、治療の有効性や辛抱強く治療を続ける必要性を理解してもらいます。さらに治療を進める中で、排便にまだ少々不満があっても、仕事・学業・趣味など日常生活は落ち着いて十分できているという言葉を患者さんから得ることです。
症状評価の問診票はGSRS (Gastrointestinal Symptom Rating Scale) システム4)を使用しています。慢性便秘症は逆流性食道炎との合併例も多いですが、この問診票は消化管全体の症状を評価できるので便利です。また、後日患者さんがどの程度改善したか説明するツールとしても役立てることができます。

5. 症状によって異なる治療方法

水分不足や環境の変化によるストレス性の一過性便秘でしたら原因は単純ですが、直腸肛門機能障害や腸の蠕動運動低下による習慣性便秘となると様々な原因が複合的に働きます。さらに薬剤性、代謝・内分泌性による続発性などの症候性便秘もあります。

病態として排出障害と大腸通過遅延を見分ける

慢性便秘症は患者さんの排便状況から薬剤治療をすることが基本です。しかし、それだけではなかなか治療はうまくいきません。便秘の病態が、直腸肛門の排出障害なのか、結腸の通過遅延なのか、それを見分けることが重要です。患者さんの症状をよく問診することで、病態を推定することができます。また腹部エコーや単純X線で便の貯留部位を確認することで病態の評価ができます。

便秘治療を段階的に行う

排出障害型と通過遅延型の便秘、どちらにも有用なのは便を適切な軟らかさにする薬剤です。ガイドラインでも便を軟化させる浸透圧性下剤と上皮機能変容薬を、まず投薬することが強く推奨されています。また、現在では、大腸における水分分泌に加え、蠕動運動を惹起することができる、胆汁酸トランスポーター阻害剤も登場しています。
これらで効果が出ない場合は、刺激性下剤をレスキュー薬として頓服で使用するようにしています。

薬剤治療では効果が出ない難治性のケース

薬剤治療ではほとんど効果が出ない排便困難な患者さんもいます。難治性便秘症で当院を受診された患者さんがいたのですが、診察したところ顕著な直腸脱でした。このような場合は内服薬治療では困難なので、直腸肛門外科にて外科的治療と直腸肛門機能を回復させるリハビリ治療が必要になります。当院ではそれはできませんので、専門の病院を紹介しました。直腸瘤、直腸重積、直腸脱などは直腸肛門外科の領域ですが、便秘治療を行うに当たってはそこまで視野を拡げていただきたいと思います。

6. 患者さんのアドヒアランス向上について

患者さんの心理と治療の関係

今すぐ完全に治りたい、これが便秘症患者さん特有の心理です。便が出ない、お腹が張るといったこと以上に、現状への不満や不安が体の中に杭のように刺さっているようです。患者さんはそうした杭を一刻も早く抜いてくれと望んでいます。
私は、最初の治療目標として「まず便秘の辛さを半分にしましょう」と言います。排便に関する悩みや辛さが今100あるとすると、50まで下げられたら素晴らしい進歩であると説明します。50までになったら、次は30まで下げる。それができたら次は20、最終的に0を目指しましょうと励まします。ポイントは、1回の治療では治らないということを言っておくこと、少しずつ改善している内容を患者さん自身に確認してもらうことです。具体的に排便回数や便の状態などを患者さんに尋ねて、改善の程度を患者さんに自覚してもらい、その改善の喜びを患者さんと共有する、そうしたことが大切です。

7. 便秘治療薬の選択について

患者さんの状態によって異なる薬剤の選択

目標の1つはブリストル便性状スケールの4番の状態で排便できるかどうかです。そのためには便を適切な軟らかさにする必要があり、酸化マグネシウムのような浸透圧性下剤、上皮機能変容薬、そして、大腸における水分分泌に加えて蠕動運動を惹起することができる胆汁酸トランスポーター阻害剤を使用します。小児に対しては、副作用の少ないポリエチレングリコール製剤が登場しました。
様々な合併症を持った患者さんに対しては、薬剤の相互作用を考慮しなければなりません。このような場合は漢方薬が適しています。軽症の便秘であれば刺激性成分である大黄を含まない大建中湯、また便秘症の程度に合わせて潤腸湯や麻子仁丸などもよいと思います。漢方薬はその患者さんの全身状態を改善する効果が期待できます。

【引用文献】
  • 1) 大久保秀則 , 中島淳 . 難治性便秘 . 日本内科学会雑誌 2013; 102(1):83-89
  • 2) Ueki T, Nagai K, Mizukami Y, et al. Cross-sectional study on relationship between constipation and medication in consideration of sleep disorder. Yakugaku Zasshi 2011; 131: 1225-1232
  • 3) 福田ひとみ , 松嶋優子 . 大学生の食事状況・食行動と便秘状況 . 平成 17 年度帝塚山学院大学人間文化学部研究年報 2005; 7: 91-97
  • 4) 植竹智義 , 末木良太 , 山口達也 , 大高雅彦 , 大塚博之 , 佐藤公 , 榎本信幸 . 初診患者に GSRS と SF-36 による検討 . 消化器内科 . 2011; 53(5): 470-475
監修

尾髙内科・胃腸クリニック 院長

尾髙 健夫 先生

1989年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業後、千葉大学医学部第1内科(現・消化器内科学)に入局。千葉県立東金病院内科医長、東邦大学医療センター佐倉病院内視鏡治療センター講師、おゆみのクリニック(千葉市)消化器科部長などを経て、2014年千葉市内に尾髙内科・胃腸クリニックを開設。