胃切除後は下痢だけでなく便秘にも注意が必要

東京慈恵会医科大学
臨床検査医学講座 教授

中田 浩二先生

ここがポイント
  • 胃切除後の外来診療では、下痢だけでなく便秘にも注意が必要
  • 胃切除後の患者さんの便秘対策はQOLの向上に寄与する
  • 便秘は患者本人から訴えない場合が多く、医師側から尋ねることが大切である【外来質問票:ダウンロードあり】

外科医は手術や化学療法などの治療に忙殺され、患者さんの生活上の困りごとまで十分に目が届かないことがあります。重要なのは胃切除後の後遺症を見逃さないようにし、他の医療スタッフとチーム医療連携して術後ケアに当たることです。患者さんの生活上の問題を見つけるには、後述する5つのポイントに注目するのがよいと思います。

監修 東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 教授 中田浩二先生

胃切除と便秘の関係をどのように捉えるか

胃切除による便秘の原因は複合的である

胃切除後には下痢が多いと言われていましたが、実は便秘も多くみられます。胃全摘術の場合は下痢が起こりやすいと言われますが、それ以外の術式では、便秘の割合が増えています。
便秘の原因の1つ目は胃の迷走神経切断による胃結腸反射の弱体化です。2つ目は食事量の減少で、食事量が減少すると排便を促す繊維質や水分も十分に摂れなくなります。3つ目は運動量の減少で、運動量が減ると腸運動の誘発が弱くなります。4つ目は筋肉量の減少で、筋肉量(とくに腹筋)が減少すると排便に必要な腹圧がかからなくなります。5つ目は腸の癒着で、癒着により腸の通過が妨げられることがあります。6つ目は腸内細菌叢の変化で、胃酸分泌の減少により起こり便通にも影響を及ぼすと考えられています。

胃切除後の外来診療における便秘への対応

胃切除後患者さんの生活状況を把握するための5つの質問

胃切除後患者さんの外来診療では、どのような点に注意を払うべきでしょうか。外科医がもっとも気にかけているのはがんの再発、そして化学療法による副作用です。どうしてもがんの治療が優先されるため、患者さんの生活の質(QOL)にまでなかなか目が行き届かないのが現状です。しかし、がんを治すだけでなく手術を受ける前と同じような日常生活を送れるようにサポートすることもとても大切なことです。そのために外科医に求められる重要な役割は、患者さんの日常生活状況にも注意を払い問題点を早期に見つけて、管理栄養士などの医療スタッフとのチーム医療連携により適宜対応することだと思います。
私たちは患者さんの日常生活の状況を把握するために、5つの質問を提案しています。具体的には、「体重減少が気になりますか」「つらいと感じる症状はありますか」「食事はうまく摂れていますか」「体力の低下や体調不良はありますか」「気力の低下や気分の不調はありますか」の5つで、いずれかの質問にヒットしたらそれについて詳しく聞くようにしています。胃切除後の症状としてはダンピング症候群、小胃症状、食道逆流、下痢などがよく知られていますが、意外にも多かったのは便秘でした。下痢がもっとも起こりやすいのは胃全摘術ですが、他の胃切除術式では、むしろ便秘の方が目立っていました。

胃の手術を受けた患者さんのための外来質問票

当院で使用している上記の5つの質問を含む外来質問票です。以下のボタンからダウンロードしてご活用ください。

  • ※ダウンロード版はA4 PDFとなります。

監修:東京慈恵会医科大学
臨床検査医学講座 教授 中田浩二先生

胃切除後の患者さんの便秘には注意が必要

胃切除後には下痢が多いと言われていましたが、PGSAS試験(2009〜2010年に行われた胃切除術式と胃術後障害に関する多施設共同研究)の結果1)、便秘も多いことがわかりました。しかも、術後の患者さんの日常生活への影響は下痢よりもむしろ便秘の方が大きいこともわかりました。しかし、便秘は患者さんからも重要な症状として認識されることが少ない「地味な存在」なため、これまであまり注目されてきませんでした。便秘は見逃したり放置したりしてはいけないことを認識して欲しいと思います。胃切除後は下痢・便秘のいずれか、または両方に傾きやすくなるため、丁度良い真ん中の状態にコントロールするのが難しくなります。

胃切除後の外来診療において注意するべき便秘の症状と便秘薬の選択

胃切除後の患者さんが訴える便秘の症状は、便が固い、回数が少ない、便が出づらい、すっきり出ない、排便に時間がかかるなど人によりさまざまです。また、糖尿病やパーキンソン病などほかの病気を持っていたり、向精神薬を飲んでいたりすると、便秘症状がより強く現れることがあり、それぞれの症状に合わせた便秘治療薬が必要となります。
しかし、さまざまな便秘の原因や症状に対してどのような便秘治療薬を選択すればよいかを裏付けるデータはまだ十分ではありません。
ここ数年間に、慢性便秘症に対する新しい作用機序による便秘治療薬が複数登場しましたが、それらの使い分けについてはまだ十分な検討がされていません。特に高齢者は便秘になりやすいことに加えていくつもの疾患を併せ持っていることが多いので、処方には注意が必要です。近年、便秘治療薬の使い分けを明確にするための研究も開始されています。種々の便秘治療薬を適切に使い分けること、とくにこれまでの便秘治療薬と作用機序が異なる新しい便秘治療薬をうまく取り入れることにより、患者満足度の高い効率的な便秘診療が可能になると思います。
症状のつらさは患者本人が訴えないとなかなか気づくことができません。先述した5つの質問を使うなどしてこちらから尋ねて初めて便秘症状に悩んでいることを教えてくれる患者さんも少なくありません。そのような患者さんの症状をいかに見つけ出すかが大切です。胃切除後患者さんの生活上の問題点を見つけ、かかりつけ医と連携し、上手に対処していくことが重要です。

【参考図書・参考文献】
「胃癌術後評価を考える」ワーキンググループ/胃外科・術後障害研究会 編: 外来診療・栄養指導に役立つ胃切除後障害診療ハンドブック, 南江堂, 2015
中田浩二. 胃切除後障害の今日的話題.日臨外会誌 2016; 77(5): 1007-1022
【引用文献】
  • 1) Nakada K, et al.: Gastric Cancer 2015; 18(1): 147-158
監修

東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 教授

中田浩二 先生

1984年東京慈恵会医科大学医学部卒業。1991-93年米国ピッツバーグ大学移植外科研究員を経て1999年東京慈恵会医科大学外科学講座第2講師。2014年 東京慈恵会医科大学外科学講座准教授に就任し、2017年より現職。
日本外科学会専門医・指導医 、日本消化器外科学会専門医・指導医 、日本消化器病学会専門医・指導医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本消化器病学会評議員 、日本胃癌学会評議員、他。