治療継続のコツ
治療段階を患者さんと共有する

兵庫医科大学 消化器内科
主任教授

三輪 洋人先生

ここがポイント
  • 慢性便秘症は生存率低下と関連しているとの報告がある。(2010年)
  • 自分が便秘であると自覚している日本人は28.4%
  • 医師は便秘治療の正しい情報を患者さんに伝えて啓発を!

医師は「たかが便秘」と考えている場合は脱却する必要があります。便秘によって、患者QOLは大きく低下する可能性があります1)

監修兵庫医科大学 消化器内科 主任教授 三輪洋人先生

医師は慢性便秘症をどのように捉えているか

QOLを大きく損なう慢性便秘は第一義的な治療が必要

「機能性消化管障害(FGIDs)が患者予後に及ぼす影響」において、海外の報告ではありますが、慢性便秘症は生存率の低下に関連しているという報告が2010年にありました1)。その結果、IBS(irritable bowel syndrome)、慢性下痢症、ディスペプシアおよび腹痛と調査10年後の推定生存率には明らかな関係性はみられませんでした。一方、慢性便秘症は、年齢や性別で調整した場合、調査10年後において、生存率の低下の危険性が高いことがわかり(ハザード比1.23, 95%信頼区間:1.07~1.42, p=0.005)(図1)、これは看過できないことだと思います。

しかしながら、慢性便秘症を治療したら生存率は上がるのか、これは全く別の話になります。何が慢性便秘症の原因になっているのかは、まだ不明な点が多いためです。1つ明らかなのは、慢性便秘症はさまざまな疾患に合併して発症することが多いということです。腎不全、糖尿病、心疾患、うつ病などにおいて、様々な影響から便秘が合併することはよく知られています1)。そして、この便秘によってQOLは大きく損なわれます。そうした意味において便秘は第一義的に治療を行わなければならないと言えます。

図1 機能性消化管障害が患者予後に及ぼす影響(海外データ)1)
図1 機能性消化管障害が患者予後に及ぼす影響(海外データ)1)

【目的】 機能性消化管障害(FGIDs)が生存に影響するのかを調査した。
【方法】 1988~1993年に米国ミネソタ州オルムステッド郡に住む20歳以上の5,262例に、IBS(irritable bowel syndrome)、慢性便秘症、慢性下痢症、ディスペプシアおよび、腹痛の診断のため、消化器症状をアンケート(the original Bowel Disease Questionnaire:BDQ)調査した。アンケートに回答があった4,176名中、消化器症状に影響する疾患のもの、がんの転移、深刻な脳卒中などのため、質問票へ完全に回答することに問題がある不適格者を除いた3,933例を対象とし、2008年までの15年間を観察した。対象者の年齢は、54±18歳(mean±s.d.)であり、女性が52%であった。
【解析手法】 調査10年後の生存率はKaplan-Meier法により推定した。生存率とFGIDsとの関連性は比例ハザード回帰モデルを用いて評価し、ハザード比を95%信頼区間で算出し、調査時の年齢、性別について調整したハザード比も推定した。
【期間】 2008年までの生存状況を行政の死亡記録によって確認し、機能性消化管障害と生存率の関連を観察した。
【便秘】 過去1年で、以下の症状の内、2つ以上をもつ622例の機能性便秘の方。ただし、IBSの方は除外した。
    (ⅰ)排便回数が週に3回未満 (ⅱ)排便時の25%以上にいきみがある
    (ⅲ)排便の25%以上に硬便あるいは兎糞状便がある (ⅳ)排便の25%以上に残便感がある
【結果】 調査10年後における推定生存率は、慢性便秘症ありの被験者では73%(95%信頼区間:69~76)、慢性便秘症なしの被験者では85%(95%信頼区間:84~86)と推定された。また、年齢と性別で調整したハザード比は1.23(95%信頼区間:1.07~1.42、p=0.005)と推定された。
【利益相反】 なし

1)Chang JY, et al.: Am J Gastroenterol 2010; 105(4): 822-832

「たかが便秘」という考え方から脱却する

慢性便秘症が他の疾患を介して本当に生命予後を悪化させるのか、こうしたメカニズムを解明していくのはこれからです。しかし、便秘と患者予後との影響は発表されており、慢性便秘症は「疾患」として定義されています2)。なにより、便秘による不快症状を訴えている患者さんを目の前にし、私たち医師は「たかが便秘」と考えることからは脱却しなければならないと思います。

新しい便秘薬の登場で医師側も注目

かつては医師も便秘について関心を持つことは少なかったかもしれません。2010年頃からいろいろな便秘治療薬が承認され、新しい機序の便秘薬も登場し、医師側も便秘治療に注目するようになりました。調べてみるとかなり以前から研究されており、実際に関わってみると奥が深く、慢性便秘症の治療が患者さんに役立つこともわかってきました。

自分が便秘であると自覚している
日本人の割合は28.4%

便秘対策の第一位は水分摂取

2016年に兵庫医科大学では「日本人における便秘に対する認識と頻度」という論文を発表しました3)。これによると日本人全体で自分が便秘であると思っている人の割合は28.4%、特に20代の女性の半数は自分が現在便秘であると回答しています。便秘の対策として第一に挙げられたのは水分摂取、次いで十分な睡眠、食事の工夫、温水洗浄便座の使用などで、医療機関を受診すると回答した人は4.7%に過ぎませんでした(図2)。

図2 一般的な便秘対策3)
図2 一般的な便秘対策3)

【目的】 排便習慣の調査および日本内科学会(JSIM)およびRome Ⅲの基準を用いた便秘の有病率のオンライン調査
【調査機関】 株式会社マクロミル
【調査対象】 20〜79歳の日本人集団
【調査方法】 2014年8月に15,000例を対象にインターネット調査を行い、回答が得られた5,155例(男性2,542例、女性2,613例)を登録した。年齢層・性別の各グループは日本の人口統計を反映させた。質問はJSIMとRome Ⅲの診断基準に従って独自の質問票を作成し行った。
【利益相反】 なし

3)Tamura A, et al.: J Neurogastroenterol Motil 2016; 22(4): 677-685

確かに水分摂取は大切です。身体の水分が不足すると大腸から水分を吸収するので、便秘を誘発することになります。必要な水分を摂取しなければなりませんが、必要以上に水分を摂取してもすべての水分が便に届くわけではありません。また、食事については食物繊維を摂るように指導しますが、特にエビデンスが出ているペクチンのような水溶性繊維を勧めています。しかし、一方で水分も食事も一つのものを取り過ぎるのはよくありません。バランスよく取っていただくことが大切です。また、他に適度な運動も勧めています。

薬物療法を行う際は排便回数だけでなく排便時の状況を知る

食事、運動の指導をして改善しない場合は薬物療法に入ります。日本内科学会では「3日以上排便がない、または毎日排便があっても残便感がある場合」と便秘を定義していますが、週に4回出ていても、お腹の張りのような症状がある人は治療の対象にすべきだと思います。また、慢性便秘症診療ガイドライン(2017)では、便秘の定義として「本来体外に排出すべき糞便を十分量かつ快適に排出できない状態」としており、毎日出ていても、本来排出すべき便がおなかの中に滞っている場合もあります。排便の回数だけでなく、残便感や便の形、固さなど排便時にどのような状況にあるのかを知ることが大切だと思います。

医師と患者さんとの間に存在する
便秘治療への意識の差

正しい情報を適切に患者さんに伝える

医師と患者間の意識の差を解消するためには、正しい情報の啓発が必要です。OTC医薬品の多くは刺激性下剤ですので、すぐに効果が発揮され患者満足度も高いことが知られていますが、刺激性下剤は習慣性などによって服用量を増やしてしまう患者さんもいます。しかし、これを続けると排便のアルゴリズムが乱れて生理的な排便が失われてしまいます。こうした場合、まずは、刺激性下剤の服用を止め、異なった機序による下剤に変更することで生理的な排便に近づけることができるようになります。しかし、使いなれた刺激性下剤から、薬剤を変更すると患者さん自身が今感じている満足度を得られにくいことからこれらの薬剤変更、治療は患者さんの意識、理解が必要となります。そのため、正しい情報を患者さんに伝えて啓発し続けていくことが、医師として重要なことだと思っています。
便秘の薬剤治療の最初に使用されることの多い浸透圧性下剤は、便中の水分を増やす薬剤で、基本治療となると考えます。
近年、腸内で吸収されることなく、浸透圧により腸管内への水分貯留を促進するポリエチレングリコール(PEG)も発売され選択肢も増えました。より生理的な排便を促すよう治療薬選択をしていくことが大切だと思います。

慢性便秘症における薬物療法の
ポイントと治療継続のコツ

治療の段階を患者さんと共有する

生活指導は大切です。軽症や中等症の便秘は生活指導によってかなり改善します。便秘によって苦しむ患者さんは好んで薬剤を服用することはありません。水分摂取、食事による工夫、運動、それで改善しなければ少量の浸透圧性下剤(酸化マグネシウムなど)を処方するとし、段階を踏んで治療していきます。この過程において、こうした段階を踏むこと、踏んでいることを患者さんとその都度共有することが治療継続のコツだと思います。患者さんは必ずいろいろ質問してきます。日本人は特にスッキリと質のいい便が出ることのこだわりが強いですから。
逆に心配なのは「こんなに良い便が出ているから自分は病気ではない」と思っている人です。特に便秘とがんは別のものとして考えなければなりません。良い便が出てもがんの定期健診は受けてほしいと思います。

慢性便秘症の生命予後の研究に期待

ここ数年、慢性便秘症を診療するようになって、この領域に大きな可能性を感じています。慢性便秘症の生命予後についての研究はこれからですが、こうしたことが解明されることによって生活習慣病としての慢性便秘症が認識されていくことに期待しています。

【引用文献】
  • 1) Chang JY, et al.: Am J Gastroenterol 2010; 105(4): 822-832
  • 2) 日本消化器病学会関連研究会,慢性便秘の診断・治療研究会 編:慢性便秘症診療ガイドライン2017,p.2,南江堂,2017
  • 3) Tamura A, et al.: J Neurogastroenterol Motil 2016; 22(4): 677-685
監修

兵庫医科大学 消化器内科 主任教授

三輪 洋人 先生

1982年鹿児島大学医学部卒業。順天堂大学消化器内科を経て、2004年に兵庫医科大学内科学上部消化器科主任教授、2014年より現職。日本医師会(認定産業医)、日本内科学会 (認定内科医・指導医)、日本消化器病学会(理事・専門医・指導医)、日本消化器内視鏡学会 (社団評議員・専門医・指導医)、日本消化管学会(理事・代議員・胃腸科認定医・胃腸科指導医)、日本食道学会(評議員・食道科認定医)、日本神経消化器病学会(理事)、日本ヘリコバクター学会(監事・代議員・H.PYLORI感染症認定医)、日本高齢消化器病学会(理事)、日本潰瘍学会(評議員)